吃音者の僕は、想像以上に仕事ができなかった


この記事は俺が所属する吃音者コミュニティの掲示板の書き込みを抜粋したものです。
(掲載の許可をもらいました)

この書き込みにはとても大きな反響があり、これを見るために多くの吃音者がコミュニティに入会したそうです。
俺自身、とても勇気づけられたのを覚えています。

ただ時間が経つにつれ、この書き込みは掲示板の奥深くに埋もれてしまいました。
もう一度、仕事で悩む吃音者の道しるべになってくれることを期待して、サイトに掲載することにした次第です。
また自分自身が忘れないためにためにも。

仕事で悩む吃音者の告白

吃音者の僕は、自分が思った以上に仕事ができなかった。

僕は高校を卒業した後、東京の国立大学に入り、Aを取り続け常に上位の成績でした。
優秀な学生だったと思います。
就職も日本人なら誰もが知っている企業に入社できました。

けど就職をしてからの成績は、酷いものでした。
50人ほどの部署で、いつも40番台です。

僕には吃音があり、吃音がいつも仕事の邪魔をするからです。
就職してからの1年で、僕の吃音が致命的で、吃音者が優秀な人間として働くのは不可能だと思い知らされました。

けど僕は自分の吃音について嘘をついている所がありました。
心のどこかで、吃音があっても良い成績を出せると思っているからです。
たまにどもってうまく話せないけど、言い換えやタイミングを掴めばスラスラ喋られるし、吃音が無ければ必ずトップクラスの成績だと、自分を納得させようとしているのです。
でも本当は分かっています。
就職してからの成績は僕への正当な評価だと。
僕は学校の喋らない試験に慣れすぎていて、吃音者が社会人になることを甘く見ていました。

だから僕は頑張りが足りないだけだと思い、本気でやればもっと良い成績が取れるはずだと考えました。
それからの5か月間は本当に頑張ったと思います。
毎日23時近くまで残業し、嫌いな先輩たちにアドバイスをもらい、社名も言えないのに電話をかけ、苦手なプレゼンや商談も逃げずにこなしました。
よく出来た感触はありましたが、結果は30番台の後半から40番台の前半をウロウロする程度でした。
吃音者の僕は、一流どころか二流にもなれず、三流のまま生きていくのだと悟った瞬間です。
この事実を受入れるのは苦労しました・・・。

関係ない話ですが、僕の趣味といえばゲームと鉄道くらいです。
スポーツもやらないし友達もいない。
あと車の免許すら持っていないし、彼女がいたこともありません。
終わってる。
うーん・・。すみません愚痴でした。

返信

こんにちわ。
実は5日前に掲示板を見たのですが、インドへ出張しており返事が遅くなってしまいました。
30歳を超えると、ちょっとした時差でも体に堪えるもので。ごめんなさい。
キミがまだこのレスを見ていると良いのですが。

私はキミとは違った、ちょっと変わった視点を持っています。
これまでの人生、色んな視点で吃音者を見てきました。
家族として、友人として、先輩として、同僚として、ここの定住者として。
そして自分自身の視点として。
誰もが吃音に苦しみ、辛い思いをし、何とかしようと生きていました。
だから私は、キミが吃音で悩んでいるのを見て、ちょっと時間をかけて返信をしなくてはいけないと思ったのです。

最初は仕事に関する一般的なアドバイスをするつもりでした。
「仕事とは、営業とはこうあるべきだ!」というような。
そういうアドバイスもいいと思います。
でも私は、今キミの抱えている問題がそれ以上に大きなものだと感じました。
今キミが抱えている問題は、多くの吃音者に立ちはだかります。
私はそういう人達を何度も見てきました。
それは例外なく私自身もそうだったように。

吃音を持ちながらも優秀だった時代

さて、ちょっとここで昔話をします。
私は、知名度で言えばおそらく日本で1番の大学に入りました。
もしかしたらキミと同じ大学かもしれません。

高校までは都会に全く無縁の山深い地方都市に住んでいたため、東京の大学に受かったと言うだけで地元ではまるで神童のような扱いでした。
(おおげさなようですが本当の話です!)
大学では経済学を専攻し、数学が得意だったため、経済統計学に興味を持ち学ぶことにしました。
とても充実していたと思います。
私はキミと同じように自分が優秀だと思っていました。
日本一の大学に合格し、神童と呼ばれ、飛びぬけた知能を持つ指導者や仲間に囲まれ、自分まで頭がよくなったような気になっていたからです。

私は優秀ではなかった

しかし私は大学を卒業して就職したとき、キミと同じ壁にぶち当たります。
私は広告コンサルタントとして、働き始めました。
コンサルタントと言っても営業の仕事とあまり変わらないかもしれません。
顧客の元へ行き、話を聞いて、考え、提案するという一般的な仕事だからです。
しかし、そこでの私は優秀ではありませんでした。

なぜなら人と話すことこそが仕事の中核だったからです。

顧客から自分の悪評を聞かされるたびに、忙しすぎた、外注が悪かった、コストが合わなかった、時期が悪かったなどと適当な言い訳を繰り返しました。
でも私は、自分が少しやる気を出せば、他の誰よりも成果を出すことができると思っていたのです。
でも現実は違っていました。
どれだけ仕事に力を尽くそうとも私の評価は変わりませんでした。
誰よりも時間をかけ、誰よりも考え、誰もよりも歯を食いしばり、誰よりも屈辱に耐え、誰よりも頑張り、私は仕事をしました。

努力とその結末・・

でも仕事に明け暮れたその年の私の評価はEでした。
(ちなみに最低はFです)

理由は努力不足とのことでした。
私のどもりには周期があって、軽い時期と酷い時期が交互に訪れます。
丁度どもりが酷い時期、30人もの聴衆の前で2時間もプレゼンをする予定がありました。
私はプレゼンを成功させるのが難しいと思い、上司にプレゼンの代役を頼みます。
しかしそれが「嫌なことから逃げている。もっと努力しろ」と評価され、Eになったそうです。

その1年間は、耐え続け頑張り抜いた年でした。
しかし身を裂いてまで耐え続けたことを努力不足だと言われたとき、私はこれ以上何を努力すればよいのか分かりませんでした。

予想ではB、うまくいけばA評価。そう楽観視していた私にまさかのE評価は、精神をえぐり絶望させるのに十分な力をもっていたのです。
自分は何をやっていたのか、自分は価値があるのだろうか、自分はどうなっていくのか、自分はなぜ生きているのか、自分はなぜ吃音者なのか・・・。

私は仕事を、そして何よりも「吃音者が働く」ということを甘く見ていたのです。
その後社内ではリストラを噂され、私の自尊心はズタボロになり、とても惨めな思いをしました。

ひとつの転機

でも幸運なことに、私にはYという友達がいました。
Yは私と同い年でしたが、畑違いの仕事をしている私の目から見ても優秀なビジネスマンでした。
Yは外資系のシステム会社で働いており、頭がよく英語も堪能でビジネス雑誌の「世界と戦う若手」として特集されたこともありました。
当時、システム業界では鬼門と呼ばれていた中東への進出プロジェクトを成功させたそうです。
やる気に溢れ、情熱があり、頭の回転が早く、社交的で、誰に対しても変わらぬ態度で接し、ユーモアに溢れていました。
人間なら誰も1つや2つの欠点があるものですが、彼には見当たりません。
ただ一つ吃音という障害を除いては。

私とYは、小学生の頃に吃音団体の集まりで友達になり、長年苦楽を共にした仲です。
だから私は、彼の成功を喜びつつも心のどこかで小さくない嫉妬を抱いていました。

でも吃音と仕事に5年悩まされた27歳の時、私はプライドを捨てYに助けを求めにいきます。
Yは快く迎えてくれ、私がなぜ仕事でうまくいかないのかをすぐに理解しました。
そして私が吃音と上手に付き合っていけるよう、ひとつひとつ丁寧に教えてくれました。
その結果、私の成績は徐々に上がっていき、リストラを噂されることも無くなったのです。

吃音のコントロール

私はYから大切なことを学びました。
それは「吃音者だから仕事ができない」なんていうのは、ただの言い訳でしかないということです。
彼のことを知るにつれ、彼の業績がまさに努力と鍛錬によるものだと分かったからです。
彼は努力と鍛錬を幾重にも積み重ね、吃音をコントロールしていました。
そして彼はそのコントロール方法をいくつか見せてくれます。
でも私にとっての本当の収穫は、吃音がコントロールできると分かったことです。
吃音は治らないと言われています。
でもコントロールすることはできたのです。
それには努力と鍛錬を必要としますが、吃音で惨めな思いをするのに比べれば、こんなに容易いことはありません。

吃音者の罠

吃音者だからと、自分自身を騙すのは簡単なことです。
多くの場面で合理的に説明でき、自分を納得させる一番の材料だからです。
吃音者だから仕事ができない、吃音者だから電話ができない、吃音者だから営業ができない、吃音者だからあいさつができない。
吃音者なら誰でも思い当たる節があると思います。
このように自分は吃音者だから劣っていると認めれば努力をする必要もなく、自分の失敗をすべて正当化してくれるでしょう。
キミはいま、この罠にハマろうとしています。

キミが優秀な学生だったのは、学生生活が簡単だったからです。
キミが惨めな社会人なのは、仕事が難しいからです。

吃音者だからというのは言い訳でしかありません。
難しい問題には、難しいなりの解き方があるものです。

簡単な環境は、キミに上手に逃げる方法を覚えさせ、キミから新しいことを学ぶ勇気を奪ったのではないでしょうか。
だから難しい環境になったとき、うまく対処できなかったのです。

吃音をコントロールできた時の世界

キミに質問があります。
今までキミに吃音について教えてくれた人はいますか?
吃音をコントロールし、吃音者でもうまく生きていく術を教えてくれた人はいますか?
吃音をコントロールするのは、吃音者が仕事をしていく上で重要なスキルです。
吃音がコントロールできれば、「吃音者だから」と自分を縛る足かせを外してくれるからです。
足かせが無い世界は、キミの仕事を180度変えてくれるでしょう。
積極的になり、情熱的になり、結果が付いて回り、自信が付き、社交的になることで良い循環が生まれるからです。
これらが積り重なり大きくなることでYのような人になるのです。

2種類の吃音者

吃音者でも辛い人生を歩む人と、仕事で成功する人がいます。
この2つを分けるものが何だかわかりますか?
私はこの2つの人達を何度も見てきました。

辛い仕事人生を歩む人は、仕事という難しい問題に遭遇したときその解決方法も知らずに、力の限り努力し燃え尽きていきます。
私自身危うくそうなるところでした。

成功する人は、難しい問題に遭遇したとき、自分の力不足と吃音から逃げられないことを知り、山のふもとで小さな歩みを始めます。
山の頂上からの景色を見るためなら、自分のプライドなど取るに足らないものだと知っているからです。
私はYに出会えて幸運でした。

私はその後、新卒だった頃の挫折から立ち直り、今では東南アジアのエリアマネージャーを務めるまでになっています。

燃え尽きる前に・・・

キミは若い。
吃音者だからと人生を悲観するにはまだ若すぎる。
吃音を改善しコントロールできるようになれば、仕事でうまくいくチャンスはあるはずです。

キミは仕事で燃え尽きてしまい人生を諦めたように見えます。
でも本当は、燃え尽きるかどうかの決断する岐路に立っているのです。
楽で惨めな道を選ぶのか、吃音をコントロールする道を選ぶのか。
何かを決めるのは勇気がいることです。
人生を決める決断であればなおさら。

吃音者だからと諦めてしまえば、今すぐ楽になれるでしょう。

でもキミの人生は、キミ自分自身で選ぶことができます。
吃音が決めるのではなく。

その後

吃音をコントロールする方法

こんにちわ。
キミがこのレスを見てくれていて嬉しいです。
質問にあった、私が吃音を改善できたのは脳医学を利用したトレーニングによるものです。
http://www.kitsuon.jp/offer/infotop/

吃音を改善したというのは単に
吃音をコントロールする方法を知り、そのためのトレーニングした
というのを、言い変えているに過ぎません。

脳医学のトレーニングには、その方法が詰まっていると思います。
必要であれば試してみてください。
キミの世界が開かれるのを願っています。

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